第5回ピアノ講座は現代のピアノを語る上で欠かすことのできないピアノ界の革新的発明家をご紹介します。
1.セバスチャン・エラール
セバスチャン・エラール(1752年 - 1831年)はフランスのピアノ製造技師でエラールの創始者でもあります。今日のピアノの礎を築いたピアノ技術者でエラールのピアノなくして今のピアノ音楽は無いと言えるほど影響を与えました。そんなエラールの発明した特に有名なものを3つ見ていきましょう。
a.ダブルエスケープメントシステム
エラールの最大の功績にして現代ピアノへの先駆けとなった非常に重要な発明です。
このアクションの発明により、より早くより強い演奏を可能としました。エラールピアノの有名な逸話として当時リストは自身の代表曲である『ラ・カンパネラ』はこのエラールのアクションでないと演奏できないと語った、というものがありました。現代のピアノのアクションはエラールが発明した方式をさらに発展改良したものになっています。
右の写真は実際のエラールのダブルエスケープメントアクション。
エラールのアクションでは鍵盤とハンマーの間にレペティションレバー(反復機構)を追加した。それまでのアクションでは鍵盤を押すとハンマーが上がって弦を打ち、一番下に降りてから次の打鍵に備えるのが普通でしたが、このレペティションレバーのおかげでハンマーが下まで完全に降りなくても次の打鍵の準備ができるようになりました。
b.アグラフ
以前の記事【ピアノの音が出る仕組み】でも紹介した有効弦を作るための部品です。1809年に発明されたこの部品は優れた強度と安定した音程そして音色を獲得するのに一役買っている。1800年代に入りより強く大きな音の出る楽器が求められるようになると楽器の大型化、弦の材質変更等により張力が急激に増加し強度が求められるようになるとアグラフはグランドピアノでは当たり前の部品となった。
c.グランドピアノ用ペダル
左は1803年製ベートーヴェンのエラール、右は1837年製エラール。ペダルの取り付け方法が全く違うのが分かる。
1810年に鍵盤の中央に支柱を吊り下げるスタイルのペダルボックスを開発したのもエラールである。更にピアノにとって重要なシフトペダルも考案しました。またペダルの作動方法も引っ張る方式から突き上げる方式に変更しました。これによりペダルの剛性が上がり操作性が向上した。地味ながら重要な発明である。
2.ジャン=アンリ・パップ(肖像不明)
下の写真はパップの発明したテーブルピアノ、このような珍妙な発明も多かった。
ジャン=アンリ・パップ(1789 – 1875)はドイツ生まれのピアノ技師でフランスパリに工房を構えパップピアノを創設しました。生粋の発明家気質であったパップは多くの発明や技術改良を行い今日のピアノに欠かすことのできない大きな発明をいくつも生み出して高い名声を得ました。しかしあまりに行き過ぎたパップのピアノはパリのピアノ業界から理解を得られず大バッシングを受けてしまい破産、工場も失い晩年は困窮の中亡くなってしまいました。
a.フェルト・ハンマー
現在では当たり前に使われているフェルトハンマーは1826年にパップによって生み出されました。それまでは革巻きハンマーが主流であったが革は品質が安定しなかった。音に関しても革ハンマーは軽く硬いため音量を出すには不向きであった。フェルトハンマーの発明により以降のピアノ製造に大きく影響を及ぼした。
b.硬化鋼による弦
フェルトハンマーを発明した2年後の1828年パップは真鍮線や鉄線に変わる高炭素綱(硬化鋼)による弦をピアノに採用しました。これにより弦は真鍮線の3倍、鉄線の2倍の強度を得ることとなり張力を増した弦はフェルトハンマーと合わせることにより大きく輝かしい音を手に入れることとなりました。この高張力の弦の開発により木製フレームでは本体の強度が足りなくなり鉄骨フレームの開発が行われるようになり一気にピアノを現代の姿へと近づけました。
c.アップライトピアノ
前回の記事でも書きましたが現代のアップライトピアノの原型を作ったのがパップでした。詳しい内容は前回の記事を読んでください。
3.セオドア・スタインウェイ
セオドア・スタインウェイ(1825年 - 1889年)はスタインウェイ創業者ヘンリー・スタインウェイの長男としてドイツで生まれた。1850年に父ヘンリーはアメリカに渡り1853年にスタインウェイ&サンズを立ち上げるがセオドアはドイツに残り物理学者のヘルムホルツの助手として音響工学を研究した。この音響工学の研究に基づいたピアノをドイツでグロトリアンと共に作り上げこれがグロトリアン=シュタインヴェークの始まりである。1864年にアメリカのスタインウェイ家に相次いで不幸が起きてしまう。翌年、父ヘンリーに呼ばれセオドアはアメリカに渡りスタインウェイ社に合流する。これ以降スタインウェイはセオドアの下、現代ピアノの基礎を完成させ目覚ましい発展を遂げ今日の地位を築いていくのである。1853年創業時から現在におけるスタインウェイ127の特許のうち45件以上がセオドアの研究と発明によるものだった。
a.一体成形リム
今ではベーゼンドルファー以外のほぼ全
てのメーカーが当たり前に取り入れている一体型のリム(側板)ですが1880年にスタインウェイが発明したものになります。
右上の写真はスタインウェイのリムになります。スタインウェイは継ぎ目のない無垢の堅いメープルを5mmの厚さに製材した板を20枚(フルコンサートモデルの場合)木目を水平に揃えて響板を載せるインナーリムとケース部分のアウターリムを1工程で張り合わせ圧力で曲げ完成させます。
それに対してベーゼンドルファーや一体成型リム発明前のピアノでは右の写真のように3~4つの部分を繋ぎ合わせて一つのリムを形成していました。この複数成形工法によるピアノは下の写真のように継ぎ目の箇所が尖っているので簡単に見分けることが出来ます。(写真は1924年製のベヒシュタインのフルコンサートモデル)
このリムの発明により今まで熟練の職人にしか出来なかったリム製作が簡素化されました。更にピアノ会社にとって最も重要な資源である木材の損失を抑えることにもつながり経済性についても優れていました。音に対しても複数成形のリムに比べ強度と音の伝達に優れるためリム自体が共鳴体となりスタインウェイ特有の力強さと輝きの源にもなっています。
b.スタインウェイ式アクション
スタインウェイは1869年に真鍮製の管に木材が圧入された管状アクションフレームを発明しました。右の写真の赤丸部分に木材が圧入されています。スタインウェイのハンマーはガイドが開けられている真鍮管の中の木材にねじ止めされ固定されています。これにより金属の剛性と木材の柔軟性を備えたアクションとなり安定感が高くさらに運動のロスが非常に少ないので演奏者のタッチをより正確に伝達できるようになりました。スタインウェイ特有の軽くしなやかな弾き心地はこのアクションフレームによるものでその設計は発明時から現在までほとんど変わっていません。
c.様々な機構
左から1875年に特許を取得したカポダストロバー、1872年特許を取得したデュープレックススケール、1885年に特許を取得したスタインウェイの代名詞トレブルベル等がある。
特にカポダストロバーとデュープレックススケールは他のピアノメーカーに多大な影響を与えた。効果については以前の記事をお読みください(カポダストロバー、デュープレックススケール)。スタインウェイの代名詞トレブルベルは高音部の補強と前述の一体成形リムに響きを伝える役割を担っています。ちなみにベルの中身は空洞になっています。
さてピアノ界の三大発明家はいかがだったでしょうか?今のピアノはこれらの革新的な技術の積み重ねによってできあがっているんですよ。
次回はピアノの製造方法過程を見ていきましょう!
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