【ピアノ演奏温故知新】では過去の偉大なるピアニストとその奇跡的なピアノ演奏を数多くご紹介していきます。
第3回はポーランドが誇る最高のピアニストでアメリカでもっとも成功したピアニスト『イグナツィ・ヤン・パデレフスキ』をご紹介します。
イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(1860~1941)
略歴
1860年当時ポーランドの田舎クルィウフカ(現ウクライナ領)に生まれる。
1872年ワルシャワ音楽院に進学
1880年にアントニナ・コルサクヴナと結婚、翌年長男を授かるがその直後に妻が死去。その息子も先天性の障害を抱えており1901年に死去。
1881年ベルリンに留学、作曲家フリードリッヒ・キールの下で作曲を学ぶ。
1884年にウィーンに移りカール・チェルニーの直弟子テオドール・レシェティツキの下で研鑽を積み頭角を現し始める。
1891年にはアメリカ合衆国でセンセーショナルな成功を収める。
1899年ドゥ・ローゼン男爵未亡人ヘレナ・グルスカと結婚。
1900年以降人前で演奏をしなくなり作曲活動に注力するようになる。
1919年新生の独立ポーランドの初代首相に就任。
1922年政界から引退し演奏活動に復帰。
1939年ポーランド祖国防衛戦争の後に国政に復帰
1941年ニューヨークにて客死(享年80歳)
パデレフスキーの代名詞ショパン
ショパン:前奏曲 Op.28 No.17
演奏スタイル
パデレフスキーの演奏で最も特筆すべきなのは響きの柔らかさと驚くべき音の軽さで、それはショパンなどのロマン派の作品を弾く時に存分に生かされていた。
その一方で驚くべき大胆さと堂々たるスタイルも持ち合わせており、この風格漂う演奏スタイルと絶品の美音に当時の観衆は熱狂したのだと思います。
演奏はいわゆる19世紀的な非常にロマンチックで誇張的な部分も見受けられるがたっぷりと美しく歌われている。個人的には非常に人情味あふれる演奏に感じる。
今風な意味での技術的な完璧さは無いが、音楽を美しく演奏するための技術と洞察力、知性、そして品格は文句無しといっていいだろう。パデレフスキーの演奏はミスが多いとかそんな低次元なレベルで語れるようなものではない。
パデレフスキーの歌心があふれた超名演
シューマン:夜曲 Op.23 No.4
同時代の人物による評価
アントン・ルビンシテイン(作曲家/ピアニスト)
『あなたは見事な才能と類稀な演奏スタイルを持っている。』
カミーユ・サン=サーンス(作曲家)
『たまたまピアノを弾くこととなった天才』
アルフレッド・コルトー(ピアニスト)
『ステージに神が舞い降りたかのようだった』
貴重な動くパデレフスキー
リスト:ハンガリー狂詩曲 第2番
(使用ピアノ:スタインウェイ)
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